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【宮田 征典さん】料理研究家として活躍中の『NEST CHICKEN』マネージャー!音楽活動でも発揮された多才ぶり、これから夢見るストーリーに迫る(前編)

料理人

ビタミンは、生きるために必要な栄養素。『Vitamin Day』では、毎日を頑張る素敵な女性にとって「心のビタミン」になるような、前向きでパワー溢れる男性を紹介しています!

今回は、以前ご紹介して反響が大きかった、フライドチキン専門店『NEST CHICKEN』のマネージャーを務める宮田 征典さんの活動をさらに深掘りする企画!

料理人、パティシエ、バリスタと幅広く活躍されている征典さんですが、その才能は料理だけにとどまらず、芸能活動においても発揮されていたのだとか。征典さんの魅力に迫る内容をVitamin Day編集長YUIとの対談形式でお届けします。

前編・後編の豪華2本立てです!

宮田 征典さんの紹介記事はこちら

本日は、赤坂のとあるカフェで征典さんにお話を伺った後、征典さんがマネージャーを務めていらっしゃるフライドチキン専門店『NEST CHICKEN』にてCEOと一緒にディナーをいただくという豪華なプランです!

幼い頃から身近にあったテレビの中の世界

ーこれまでの活動について教えてください。
タレント・音楽活動では、『PERFECT HUMAN』のMVダンサー出演、『ユニバーサルスタジオジャパン』CM出演、『ジョブチューン』職業モデル出演、ダンスボーカルグループでの音楽活動 など!

(引用:【宮田 征典さん】料理人、パティシエ、バリスタのオールラウンダー!フライドチキン専門店『NEST CHICKEN』マネージャー

ー(YUI)今日は本当にありがとうございます! 現在、征典さんは主に料理人として活動されていますが、ダンスや歌のパフォーマンスをされたり、MVに出演されたりといった経歴があるとのことで、これまでの活動について詳しく教えてください!
はい、現在は料理人や料理研究家としてのお仕事がメインですが、年に1度、僕の生誕祭で歌のパフォーマンスをしています!


2020年はオンライン開催となった征典さんの生誕祭。来年こそはぜひ集まってお祝いしたいですね!

ー(YUI)もともと料理ではなく芸能活動に興味があったのですか?
そうですね。僕の実家はとんかつ屋を営んでいたのですが、基本的に親が働いている時間帯なので、夜ご飯を食べる時って僕1人だったんですよ。僕は一人っ子なので。いつもテレビを観ながらご飯を食べていました。ジャンルは問わず、普段からよくテレビを観ていましたし、好きでしたね。

誰にも言っていなかったのですが、小学校の時から「芸能人になりたい」という気持ちはありました。小学校の文集では、「将来の夢はサッカー選手」と書いていたのですが、サッカー選手にはなれないだろうとは思っていました(笑)

ー(YUI)小学校の時からそういった想いがあったのですね。中学校、高校の時は?
「芸能人になりたい」という想いだけで、特にジャンルは決まっていなかったので、「何がいちばん可能性があるかな?」と考えたんです。身長が低いからモデルにはなれないし、演技はできないし、でも「歌」だったら……周りから「歌が上手い」と言われていたし、歌うのも好きだし……というのが入り口でした。

本気で目指し始めたのはそこからですね。アーティストのオーディションを受けていました。

ー(YUI)特に学生の頃って、夢があっても周りと足並みを揃えて踏み出せない方も多いと思うのですが、それでも1歩を踏み出せるところが征典さんの魅力ですよね。何かを掴む方ってきっとそういうところが違うのだと思います
ありがとうございます。でも、僕はあんまりですよ(笑)

周りで音楽をやっている子や一緒にカラオケに行ってた子に「オーディション受けようよ」と誘っていました。そして、好きなアーティストグループが一緒だった友人と3人でオーディションを受けに行ったんですよ。その時インタビューもされたので、3人で「受かったんちゃうか?(笑)」と話していました。結果はダメだったんですけどね(笑)

ー(YUI)その他にもオーディションを受けられたり?
そうですね、十数個は受けました。

ー(YUI)夢に向かってとにかく行動ですね! どのようにして、活動が始まったのでしょうか?
東京の製菓学校を卒業し、大阪の製菓学校(大学でいう大学院のようなところ)に進学したんです。卒業後は、『帝国ホテル大阪』に就職しました。半年後に退職して、芸能事務所に入所することになったんです。

ー(YUI)大阪で進学されたのはなぜですか?
その製菓学校は大阪とフランスにあって、本校は大阪にあったんです。VISAの関係で、フランスにはもう行くことができなくて、大阪に通うことを決めました。

ー(YUI)専門学校での日々について聞かせてください。
僕が通っていた専門学校は1年制だったんですよ。19歳で卒業することになるんですけど、19歳ではまだ働きたくなかったんです。「もう1年」と思って、2年通いました。

もともとは料理の勉強をしたかったんですけど、先に製菓の勉強をして、そのままどこかのお店に入って勉強しようと思っていたのですが、そのままパティシエの勉強をすることにしました。

ー(YUI)当初の予定とは変わって、製菓の道にそのまま進むことにされたのは、何か心境の変化があったのですか?
『ジャパンケーキショー』という日本で最も大きなケーキの大会を見に行った時、純粋に「すごいな」と思ったんです。専門学校に進学制度があったので、そのまま製菓の道に進んだという流れですね。

ー(YUI)そこで気持ちが動いたのですね。
そうですね。その時は。

ー(YUI)料理とお菓子作りって全くの別物ですよね。
はい、材料も違います。作るということ自体は同じですが。

ー(YUI)そうなんですね、素人感覚ではその考えはなかったです。でも確かにお店のメニューってお料理もデザートもありますよね。お店を出すとなると、どちらかが全くできないと厳しいですよね。

ー(YUI)1度は料理の道に進み、音楽の道へもう1度舵を切ったのですね。
求人サイトで「エキストラ」の募集を見つけて、事務所に入って、そこから活動が始まりました。初めてのCDを出すまでは、2〜3年と長かったです。

最初は、アルバイトで生活費を稼ぎながら音楽活動を続けようと思ったのですが、両立するとなると音楽活動の時間がなかなか取れなかったので、実家に帰りました。

そして大会に出た繋がりで、グループに入ったんです。「今度こんなオーディションがあるんだけど、誰か紹介してくれない?」と聞かれて、「そのオーディション、僕が受けても良いんですか?」と聞いてみたんです。そして無事に受かることができました。

ー(YUI)「僕が受けても良いんですか?」って、そのひとことが言えるのがすごいですね! そういう勇気で、人生って変わるんですね。
それから、事務所を辞めて、ダンスの練習やMVに出演するようにもなりました。

ー(YUI)活動を始められた当初は、営業などもされていたのですか?
K-POPのカバーをしていたので、韓国好きな方が集まる新大久保で、チラシ配りなんかしていましたね。チラシを受け取ってくださった方が、ライブに足を運んでくださいました。

ー(YUI)とても地道な活動が、一つひとつ結果に繋がっていくのですね。ライブハウスでのパフォーマンスなど楽しかった時間もありましたか?
人前に出るのは苦手だったんですけど、楽しいことも多かったです。

ー(YUI)えっ、苦手だったのですか。
そうですね、苦手な気持ちはありました。「有名人だ!」と言われるのは嫌で……顔バレせずに有名になりたいと思っていました(笑)

ライブをたくさんしていた頃、僕の顔を見て誰かわかったみたいで「あの人そうじゃない?」とこそこそ話されるというような気まずい体験もありました(笑)今は大丈夫なんですが、当時は気になっちゃいましたね。

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