【中村 仁樹さん】『Shakuhachi sound -JIN-』で “日本の表現” の美しさを体現!『桜men』リーダーとしても活躍(前編)

伝統楽器

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今回は、以前ご紹介して反響が大きかった尺八演奏家・イケメン和楽器演奏集団『桜men』リーダー中村 仁樹さんの活動をさらに深掘りする企画!

先日リリースされた『Shakuhachi sound -JIN-』プロジェクトや『桜men』リーダー・ディレクターとしての活動、今後の展開などについてお話を伺いました。仁樹さんのこれまでの軌跡と魅力に迫る内容をVitamin Day編集長YUIとの対談形式でお届けします。

前編・後編の豪華2本立てです!

中村 仁樹さんの紹介記事はこちら

本日のインタビューは、仁樹さんお気に入りのカフェにて。

師匠との出会いは、尺八の美しい音色との出会い

ー(YUI)今日は本当にありがとうございます。『桜men』の活動や仁樹さん個人の音楽活動などについて、たくさんお話を聴かせていただきたいと思っています!
はい、よろしくお願いします!

ー活動を始めたきっかけは何だったんですか?
自分の師匠の音に感銘を受け、17歳で尺八を始めました。“ロックのギターソロを尺八で吹けたら最高にかっこ良いな” と思いつき、それから全く触れてこなかった日本音楽にエキゾチックな魅力を感じ、古典の深みにどんどんハマっていきました。

引用:【中村 仁樹さん】聴く人の心を動かす尺八演奏家・作詞作曲家!和楽器パフォーマンス集団『桜men』リーダー

ー(YUI)仁樹さんと「尺八」の出会いは、17歳の頃に出会った尺八の師匠がきっかけとのことでしたが、当時のエピソードについて聞かせてください。
幼い頃からクラシックピアノを弾いていて、小学校高学年くらいから自分で曲を作るようになりました。

ー(YUI)すごいですね! どういう経緯で作曲してみようと思ったのですか?
好きな曲があって「こんな曲を弾きたい」と思うと、自然に頭の中でメロディーが浮かんできて、即興で弾いていました。
僕は愛媛県宇和島市出身なのですが、地元でピアノを演奏する子は少なく、周りの男の子はギターを演奏したりバンドを始めたりしていましたね。
僕の兄は、ロックバンドのボーカルだったので、大量のCDを貸してもらっているうちにロックにどハマりし、高校生の頃から音楽全般に興味が湧いてきて「そういえばうちに尺八があったな」と思い出したんです。

ー(YUI)おうちに尺八があったのですね。
はい、父親が多趣味で、1年だけ尺八を吹いていたんです。父親の尺八を手に入れて30分くらい格闘したのですが、最初は音が全然出せなかったし、思い描く音を出すのもすごく難しかったです。「これ向いてないから辞めとこ」って思いました(笑)

ー(YUI)それから尺八を演奏をする道に行くことになったきっかけは?
母親の友達が箏の先生で「東京にすごい先生がいるから会いに行ってみたら?」と言われ、ちょうど音大のオープンキャンパスも見に行こうと思っていたので、その足で会いに行って、先生の教室で教えてもらうことになったんです。その先生が、僕の師匠です。

ー(YUI)のちに人生の大きなターニングポイントとなる、師匠との出会いですね。
その時師匠が演奏してくれた音色は、自由自在で、瑞々しくて。師匠は、オリジナル曲を制作して全国をまわっていたので「自分がやっているバンドの活動と近いものがあるな」と思いました。
和楽器って「お家元がいて、なおかつとても敷居が高い」というイメージあるのですが、師匠は全然フランクで、「お稽古場」のことも「教室」や「スクール」と言っていました。普通のお稽古場であれば、プロになっても長年習い続けるものなんですが、「プロになったらもう卒業だから」と、ちょっとさみしいくらいにあっけらかんとしていましたね(笑)

ー(YUI)師匠が見せてくださった和楽器の世界や聴かせてくださった音色は、それまでのイメージを覆すものだったんですね。
そうですね、すごく面白いなと思いました。同時に、今までやっていたロックやクラシックを尺八で演奏したらとても新鮮に聴こえるだろうなと思ったんです。

ー(YUI)確かに、違う音色で聞くと全く別の魅力が生まれそうですね。
そうですね、そういったジャンルの中で「日本の表現の美しさ」を世界に向けて紹介できたら最高だと。その時、同時に思いつきました。それからは東京芸術大学音楽学部に「尺八専攻」があるのを発見して、「そこを目標に頑張ってみよう」と高3の時に決め、それから18時間くらい練習しました。

ー(YUI)目標を決めた時の行動力がすごいですね!
練習中、ひどい酸欠みたいになったこともあります。逆に、呼吸しすぎて頭がくらくらしたり、口元から血が出たり、ずーっと押し当てている部分が痛くなってまめがすごいことになったり、当時は結構ありましたね。ひたすら修行でした。

いつからか生まれた音楽への信念、そして卒業後の進路

ー(YUI)尺八から生まれる音楽を楽しみながら、自由なスタイルで演奏されていたのですね。
芸大時代の師匠、人間国宝の先生をはじめたくさんの先生方から古典の魅力と凄みを教えていただきました。ただ僕が自由すぎて、ある先生に「中村君、この感じで自由に活動を続けたいんだったら、学校の方針とギャップがありすぎるから、場合によっちゃ学校をやめなきゃいけない」と諭されたこともあります。

ー(YUI)その先生は、自分が教えたものと違う形として生まれる音楽に「NO」と言う方だったのでしょうか。
大学は相当アカデミックな場所なのに、古典のものではない楽器をうっかり先生の前で吹いてしまって「あ、これはやっちまった!」と思いました。しかもその時は洋楽的な曲を演奏して「尺八であんなことできるんだね!」と受講していたクラスの皆には大ウケだったんですが、先生は大変お怒りで、いま考えればなんであんなことやったんだろうと、謎です(笑)

ー(YUI)先生の熱量がすごいですね! その頃からご自身の中でもう曲げられないという想いはあったのですね。尺八を演奏していても、芸能や音楽の道に進む方もいれば、就職する方もいるじゃないですか。ご自身の進路について迷ったことはありますか?
迷ったことはないです。僕は音楽しかやってこなかったんですよ。大学時代から、演奏である程度お金をいただいたり、コンクールに出て腕を磨いて顔も売れたり、そういった経験は就職活動の一貫だったと言えるのかも。

ー(YUI)大学を卒業されて、尺八の道に進まれて、最初の活動は?
いきなりCDを出しました。
卒業したての頃はあまり演奏の機会もなく「尺八吹けるニート」みたいになり(笑)その有り余る時間を使って大学時代からコツコツ作っていたものをリリースしようと思い。
いくつかのレーベルさんから「うちでCD出さないか」と声もかかったんですが、断りました。大学時代から一緒にやってきたメンバーとユニットを組んで、好きなだけ時間をかけて、本当に満足できるまでこだわって、全てオリジナル曲のCDを制作しました。それからそのアルバムを持っていろいろな所にツアーに行きましたね。

ー(YUI)いろいろなところにCDを持って行くのは、営業という感じですか?
営業というよりは、僕のライブを見てくださった方から次の機会をいただき、またそれを見てくださった方から別の機会をいただき……というわらしべ長者みたいな感じですかね。自分で「これ聞いてください」と持って行ったことは、ほぼないかなと思います。

ー(YUI)涙ぐましい努力をされていて、実力があるからこそだと思いますが、かなり順調に進まれたほうですか?
そうですね、時系列で振り返るとまあまあ順調だと思います。ただ、自分が思ったよりもスピード感はないし、成功の倍くらいは失敗をしてますね。

ー(YUI)失敗した時の切り替えや次のアクションはどうしていますか?
20代前半は、結構モチベーション主体で動いていました。練習すればするほど上達する時期なので、とにかく作曲して、舞台を踏みまくりました。でも若くて歴も浅いから下手は下手で、前の失敗は次の本番で挽回しようと、伸びしろを信じて頑張りました。自分を責め立て、研ぎ澄ますというストイックさの塊でしたね。周りの人は大変だったと思います。

30歳を過ぎた頃から、練習すればするほど上達するわけでもなくなってきたんです。それまでは毎年「去年の自分って本当に下手だな」と思っていたのが、そんなに変わらなくなってきたというか。

ー(YUI)それは何が変わったのでしょうか?
1000回ほどのステージを踏んで、練習量もある一定量に達して、曲も相当な数を作ったからかな、と思います。

日本の表現に宿る “繊細さ” と “奥ゆかしさ” への敬意

ー(YUI)和楽器というジャンルの中で、仁樹さんの活動はやっぱりロールモデルだと思います。仁樹さんの背中を追いかけている方は、たくさんいるのではないでしょうか。
どうなんでしょうか(笑)もしそうであるとしたら嬉しいです。

ー(YUI)以前、『桜men』の箏担当 大川 義秋さんにインタビューさせていただいた時、仁樹さんのことをすごく慕っていらっしゃるとのお気持ちを聴かせていただきました。
そうですね、よっちゃん(大川君)はずっと前から僕に憧れていたと伝えてくれていて。僕が師匠に憧れて、オリジナル曲や好きな曲など垣根なくいろいろとやってきた姿を見てくれていたのかなと思います。そうすると、もっともっと頑張らないと!

ー(YUI)仁樹さんの師匠は、今もレッスンやスクールをされていらっしゃるのですか?
はい。でももう80歳くらいのご高齢なので、かつてほどはされていないですね。たまに近況報告で訪ねる時、(師匠はお酒が好きなので)お酒を持って行くと「じゃあ、飲んでいきなさい」と言われて、話しながら5時間くらい一緒に飲みます(笑)

ー(YUI)師匠は今の仁樹さんのご活躍を喜ばれていらっしゃるのではないでしょうか。
そうですね。でも、いろいろやりすぎていて、あまり把握されてないんじゃないですかね(笑)師匠が手を出さなかったことも相当やっているので。

ニューカルチャーを体現する『桜men』

和楽器演奏集団『桜men』公式サイトはこちら

ー(YUI)伝統的な和楽器がスタイルを変えて今も演奏されているのは本当にすごいことですよね。これからも進化や他との融合があるのだと思います。守るために崩すのはありだとは思いますよね。
箏なんか1000年以上も前から全く同じ形、同じ製法、同じ素材って本当にすごいことです。伝統を受け継いで、形を守ってきた方々がたくさんいらっしゃるんです。これって日本の奇跡だと思いますよ。

ー(YUI)そんな和楽器を演奏する仁樹さんのパフォーマンスって、本当にスタイリッシュですよね。
古典の奏法を楽曲にとりいれつつ、リスナーさんに古典にも興味を持ってもらえるとベストというか。どんなジャンルとでも、コラボした時に説得力があれば問題ないと僕は思います。昔ギターをやっていたので、ロックな曲ではギターも弾いて、尺八も吹きます。いつかコラボといわれることがなくなる日を目がけて、吹かれてる尺八もびっくりするような音の世界を探し続けています。

尺八演奏家としてのこれまでの軌跡、“日本の表現” の美しさに深く敬意を示し、守りながらも発展させていこうとする表現者としての仁樹さんの魅力に触れました。

後編では、仁樹さんが触れた「音楽」と「人」とが融合した先に生まれる可能性、そして先日リリースされた『Shakuhachi sound -JIN-』プロジェクトや『桜men』リーダー・ディレクターとしての活動、今後の展開についてお話を聴かせていただきます!

中村 仁樹さんの紹介記事はこちら

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Shakuhachi sound -JIN- https://www.youtube.com/channel/UChJu-ls6Pr3reVhcbBFPcww

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