子育て中のママが『刀剣乱舞』鶴丸国永の推し活を始めて“自分らしさ”を取り戻す話

推し活 子育て 
コラム

ビタミンは、生きるために必要な栄養素。『Vitamin Day』では、毎日を頑張る素敵な女性にとって「心のビタミン」になるように、素敵な男性を推す皆さんの推し活を応援!

推し活は、あなたの心のビタミン。
『Vitamin Day』では、そんな推し活における疑問や不安を少しだけ解消し、より楽しくなる推し活情報を、9歳の子供を育てる母親でもあるすうが発信します!

結婚し母となった私が、推しの『刀剣乱舞』鶴丸国永と出会ったことで自分らしさに気づくことができました!
仕事・家事・育児と忙しいママである私が、なぜ『推し活』によって人生が変化したのかそのきっかけをお話します。

推し活をしてきたすうのこれまで

ここでは、推し活をしてきたわたしのこれまでをお話しします。

ビジュアル重視の複数推しオタクだった

学生時代の私は、友人に「この人かっこいいよね!」と言われると「かっこよくない!」と言いつつ、内心では「くそっ、確かにかっこいい。なんで私が先に見つけられなかったんだろう…」と悔やみまくるような、ビジュだけで推しになるほど惚れっぽいかる〜い奴でした。

オタクの妹にも「お姉ちゃんはオタクの風上にも置けない」と言われるくらい、本当に惚れっぽく、推し変が多かったように思います。

推し活全盛期はジャニーズ沼へ

推し活全盛期はもちろんジャニーズにハマりました。
KinKi Kidsの堂本 光一くん、タッキー&翼の今井 翼くん、NEWSの小山 慶一郎くん推しに…。

そして現在は、KAT-TUNの中丸 雄一くんが、推しを通り越してもはや家族のような存在です。ゆっち、とは恥ずかしくて呼べません。中丸くんです。(ココ重要)

高校卒業後、推し活も卒業し自分らしさを失う

推し活を楽しんだ中学、高校を経て、医療系の専門学校に入学。手に職をつけたい気持ちがあったからです。当時は授業や研修、レポートに加えてアルバイトをしていたので、推し活をする余裕はありませんでした。

その時だったと思うのですが、人間が嫌いだと思うことが増えたのです。

適応障害を診断される

誰にも会いたくない、何もできないというか…したくない。

専門学校の先生の勧めで心療内科を受診したところ適応障害と診断されました。授業についていけず、まともに学校にいけないことから単位はもちろんとれません。

「進級テストに落ちたら退学しなさい。」そう両親に言われた、進級テストの結果は惨敗。築いてきた交友関係はもちろん、成績もすでに意味などなく…。気がついたら、自分には何も残っていませんでした。

【人生への挫折】自分を日に日に責める日々

小さな頃から自立心が常に強かった私は、専門学校で実践スキルを身につけて就職したいと思っていました。自分の人生は自分で切り拓く。こんな田舎からとっとと出て、私はヒールを履いて東京でバリバリ働くという夢があったのです。ですが、夢を叶える前に適応障害になったことで、完全に心が折れてしまいました。同世代の子たちが社会に出ていくのを見るたびに自分を責める日々。

そのタイミングで、友人の紹介で出会った男性。6歳年上の夫と結婚することとなりました。理由は1つ。夫に対してだけは、「人間が嫌い」という気持ちになることがなかったからです。

結婚・出産したあとの口癖「自由がない!」

当時、完全に推しは夫でした(笑)
だからこそ夫と結婚し、子どもを授かったときは嬉しかったです。この気持ちに嘘はありません。ですが、まだ環境適応障害が改善し切っていない中で、自分に子育てができるか、夫の期待を裏切らないか不安でした。

自分の時間がなかった

子供が無事産まれてさあ始まりました!可愛い我が子との生活。我が子はかわいいと言いますが、正直にいうとこのように思えるまで、私は時間がかかりました。

自立した女性像が頻繁に頭に浮かぶ度、自分で選んだ道のはずなのに悲しくて虚しくてたまりませんでした。

子供にミルクをやり、オムツを変え、夜泣きに対応。…私、何してるんだろう…。寝不足と食欲不振、適応障害による不安症からいつも後ろ向きな考えしかできませんでした。

「べき」思考が増した

子供が産まれて初めての検診の際、保健師さんから渡されるプリント。食事は手作りをあげましょうというものや、おやつやジュースは控えましょう…など。子育ての模範となることはすべて読み込み『ちゃんとした子どもを育てなければ…!』と日々自分を追い込んでいました。

けれど、追い込めば追い込むほど涙が止まりませんでした…。

産後うつになった

その後、保健所に連絡して「子どもに手をあげそうです。助けてください」と連絡するまでに。結果、自分が適応障害だけでなく産後うつになっていることに気がつきました。

何も楽しくない。
どこか遠くに行きたい。
私だってもっと遊びたい。

当時24歳の私は、親として最低だと罵られてもおかしくないことばかり考えていたのです。

突然目の前に舞い降りた白い鶴「鶴丸国永」

三次元の人間というものに苦手意識を感じるようになってから、もっぱら私の楽しみはアニメでした。育児に悩み日々を過ごす中、ある日『刀剣乱舞』を偶然YouTubeで知りました。

『刀剣乱舞』とは、刀を擬人化させて歴史改変を目論む敵と戦うゲームです。今ではアニメはもちろん、映画、舞台にもなっています。

個性あふれる刀たちの中で一際私の目を惹いたのは、鶴丸国永(つるまるくになが)でした。
平安生まれの彼。真っ白で何にも染まらない、儚い見た目。それなのに口を開けば「俺みたいのが来て驚いたか?」とこちらを覗き込んでくる鶴丸国永(妄想)。

常に元気に、そして豪快に動き回る彼に、その声にすっかり釘付けになってしまいました。

鶴丸国永が生きるということを教えてくれた

ちょうどこの頃、子供が2歳。イヤイヤ期に入り、右も左もどっちも嫌。赤い靴も青い靴もどっちも嫌…もう私も嫌だわ!!(泣)と心の中で叫ぶことが増えました。

そして夜、子供を寝かしつけるたびに罪悪感。
また今日も上手くできなかった…。子育てを上手くできた試しがないことに、心が死んでいました。

「予想し得ることだけじゃ、心が先に死んでいく。」

これは鶴丸の台詞です。予想できないことが起きた時に、対応できる鶴丸だから言えることでしょう!?
当時はこの鶴丸国永の言葉だけには反発を覚えました。

完璧な刀剣男士 鶴丸国永でも苦手なことがあると教えてくれた

刀剣男士が戦場へ行くのに『刀装』を作るのですが、私の鶴丸国永は刀装作りが壊滅的で、いつも資材の無駄使いをしてくれていました。(それもギャップですきでした)

その度に彼は「うまく行かんものだなあ」とぼやくのですが…ある日の夕暮れ。私はこの言葉が深く刺さったのです。子供が黄昏泣きで泣き止まず、夕食も作れず、部屋も掃除できない…。ただただ換気口の下で一緒になって泣いていた日のことでした。

そうなんだよ。
子育てってうまくいかないものなんだ。
だって息子もひとりの人間だもん。
私だってひとりの人間だもん。

当時の日記より

レア4と呼ばれる、武将やもちろん現在私のような審神者(さにわ:ユーザーを指します)に求められる鶴丸国永だって苦手なことがあるのだから。
そう思った瞬間、アンパンマンの録画に視線を奪われていた息子の顔を見て笑い返せたあの夕方のこと、よく覚えています。

「大船に乗ったつもりで任せておけ」救われる言葉だった

適応障害から人が「嫌い」から「苦手」程度にはなれど、次の試練はママ友付き合いでした。子供の交友関係のトラブルがひっきりなしだったこの頃、もう誰にも会いたくなかったのをよく覚えています。

そんな私に『子供の母親』として背中を押してくれたのは、鶴丸国永のこの台詞です。

私には鶴丸国永がついている!
私の大切な近侍!

そう何度も言い聞かせて、私は児童館や幼稚園という戦場に赴いていました。

鶴丸国永のおかげで子育ても仕事も頑張れるように

審神者になって6年目。鶴丸国永が近侍になって5年目になります。
改めて振り返ると、鶴丸国永は私の推しであり、人生のパートナー(二次元)です。

私に、完璧でなくていいと気づかせてくれ、目の前のことを不出来でもいいから楽しむことを教えてくれました。私の憧れた夢を諦めることもしなくていいことも。…だからこそ、私は今、ライターとして誇りを持って仕事をしながら子育てをしています。

夫はやはり人間なので、欲しい言葉をくれなかったりしますし、基本的に私の都合ではいてくれません。夫婦といえど、当たり前です。

何も物言わず見守ってくれて、ただ驚きを求めて戦場を、本丸を駆け回る無邪気な鶴丸国永。ある意味、この距離感がちょうどいいのだと思います。ちなみにこのことは夫公認です。

交友関係への苦手意識も、今ではだいぶなくなりました。人と違っていいと思えたこと。だからこそ驚きがあって面白いのだと鶴丸国永が教えてくれたからです。でも1番は「私だけの鶴丸がいるから」という安心感があるからとも言えます。

まとめ:鶴丸国永が本来の私を取り戻してくれた

この鶴丸国永をきっかけに、鶴丸国永の声をあてている斉藤 壮馬くんも推しになりました。

自分の好みの刀剣男士に出会えること。
なんならちょっと歴史に詳しくなれること。
刀剣乱舞のストーリーの奥深さに浸ること。
その世界にいる、鶴丸国永。

鶴丸国永に出会って、推し活は私の人生で欠かせないことだとわかりました。どんな状況でも、目一杯の熱量でなくても、時々にあった推し活があること。これは、母としての私と、一個人の私に背伸びをする必要がないと教えてくれました。

おかげで今は、子供も一個人の人間として尊重しています。子供にも「完璧でなくていい」「好きなことを好きなだけ伸ばしていけばいい」と教えてあげられるようになりました。

年を重ね、適応障害になって、現在は子を育てる自分の内面と向き合い、推し活も大きく変化がありました。
それは完全ビジュ重視で推していたのが、ビジュではなくその人の人間性で推すか推さないか判断するようになったことです。

そうして、推しの内面を知っておく度、私の人間嫌いは緩和していき今では「この人の人間性はどんなものがあるんだろう?」と積極的になれるようになりました。推しの鶴丸国永の存在のおかげです。

彼はこれからも私と共に子どもの子育てをしてくれると思っています(笑)

すう

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最近推しが結婚したので、けじめのお祝いケーキを食べました。 推しとの握手会で、つい子どもを前に出して子どもの話題をしてしまう自己肯定感低低めな文系女子。 私...

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